風に誘われる匂いは、けしていいものばかりではない。
「んーっん」
 伸ばした腕が一文字に落ちる。
 こうして鼻を効かせたところで、手掛かりの匂いを嗅ぎ付けられるわけではなかったが、それでも翡海はくんくんと鼻を鳴らしていた。
「しないっ」
「なにが?」
「匂いが」
「お、前……」
 重量級の頭がかくっと垂れ下がる。
「だってこれだけ歩いたらヒミの嗅覚に引っ掛かるものがあってもいいじゃないの。なのになんの匂いもしないんだもの」
「確かに翡海のレーダーは効くよね」
「でっしょそーすけ! だいたい条件は一緒のはずよ。斎太だって上野で目覚めた。そーすけだって世田谷、私は新宿で」
「そしてあの二人も東京に……。ある意味うんざりだね」
 爽透は、その端正な顔に苦笑を浮かべた。
「あーぁうんざりだ。俺たちがここにいるのはなぜだ?」
「斎太それ自分に言ってる?」
「当たり前だ」
 言って斎太は、ジャケットに手を突っ込んだまま無言で前を歩いていく。
 今日は山手線一日巡りを決め込んで、品川から北回りの電車に飛び乗る。当てのないどころか正確な目的地すらないが、大雑把でも広い探索が可能となる。
 翡海は棒型チョコプレッツェルを咥えて窓にへばり付いていた。
「平日のこの時間て、空いてるよね」
「人間なら、こんな時分に何やってんだって感じだけどな」
 乗っている人間はまばらで、子連れの専業主婦が買い物に出て来たとか、ちょっと何駅か先の病院までとかいうお年寄りや、外回り中のサラリーマンが汗を拭いている程度だ。
 まあ時間帯にわずかな差はあれ、都内一周の電車はこの時間、都会の中でものんびりとした走りに身をまかせられる。
「おい翡海! 何か感じたか?」
「ううん、何も」
「翡海のよーかいレーダーにも引っ掛かんないか。ははっ」
 暇を持て余してわざとらしいジョークを言っては、斎太は豪快な笑いをみせる。
 だが一人を挟んだ向こう側で、くすりと笑う声もあった。
「斎太こそ、レーダーが付いてるんじゃない? もっとも、斎太のはレーダーというより発信装置、とかね」
「あるある。特にケバいおばさん限定」
「あるか」
 ひとしきり笑っていると、誰もが見れば分かる首都のシンボル、東京タワーがビルディングの群像の合間に見えて来た。
「いた!」
「はぁ!? どこだ」
「東京タワー!」
「降りよう!」
 最寄り駅でドアが開く。
 誰ともなく三人とも降り立ったばかりのホームを駆け出した。