道行く人々は思った。「熊でも鳴いているのか」と。
 都会育ちの彼らは熊の鳴き声なぞ当然知らないのだが、そう思ってしまう。
 それでも斎太は気にも止めなかった。理由は二つある。自分で自覚していて、なおかつ翡海にいつも言われているのだ。
「うん、熊みたいな欠伸よね」
 斎太はひやりとまで肌がそばだつほど冷気漂う地下の大ホールに足を踏み入れていた。 明かりはないが、内から光を発する壁が目の前に聳えている。
「よう来たの。久しいな、斎太。こちらの父母は息災か」
 したくもないが、斎太は直立不動のまま頭を下げた。
「あいにくと元気だけは」
「ふむ、宜しかろう。報告するがいい」 
 慄然とする声音。どこから声を出しているのかと思うほど、遠くとも響く静かな言葉だ。
「アマテ──いや、陽の神子君。今のところ、つつがなく」
「感づかれてはおらぬか。大儀であった、下がるがよい」
 肝が冷えるとはこの事だと、いつも思う。他の二人から比べれば動じない人間だが、これだけは斎太にとって例外だった。
 壁に向かって高くなっている所の椅子に、一人の女が慇懃な態度で座っていた。見下し、主の目で見下ろす。
「どお?」
「ん。大丈夫そうだ」
「早く見つかると良いんだけど……」
 離れた場所で爽透と翡海は待っていた。
「しかしあれだな、どうやったんだか」
「あたしらと同じじゃないの?」
「まあ大きくはそういう事なんだろうけどね」
「神は神、人は人……か」
 鬱蒼と囲むビルの谷間から陽が照り付ける。
 青に変わったばかりのスクランブル交差。そのさざめく人波に三つの人影が迷い込む。
「当ては探し尽くした」
「ならまた新たな当てを探すまでだね。カードはいくらでもある」
「翡海それよりお腹空いた~」
「……またこのパターンか。おい、翡海! もとはと言えばだなっ」
「そんなこと言ったって、腹が減っては何とやらだよ。ねー、ソースケ」
「そういえば二つ先の通りに、新しいとんこつ専門店が」
「じゃあ決っまり」
「点滅だ。走れっ」
 考えるよりまずはなんでも行動、気の向くままに。
 今も昔も変わらない彼らの姿勢だった。


 地下深くに隠れし女帝はほくそ笑んでいた。
「どうじゃ月の神子よ。こちらの空気も悪くはなかろう」
 紅の口許がいやらしく吊り上がる。
「全ては我が手の中に……さあ、いつ現れてくれるかの。地の神子や」
 美しくも地を這うような声は、誰が聞くともなくその場に満ちていた。
 そしていつからかそれは嘲笑に変わっていった。

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